なつきがいなくても、FWPが揺らぐことはない。
姿が消えて、10日間。
その間、今年最後の地方巡業が組まれていて、いつもと同じように試合をこなしながら、全選手が慌しい日々を送っていた。
静留も、例外ではない。
団体の顔として数多くの取材をこなしながらも、試合には毎日メインで登場し、その後はどれだけ疲れていてもファンサービスに努める。
自分の時間を見つける暇もなく、毎日が過ぎていき。
なつきからの連絡も途絶えたまま。
地方での最終戦を追え、久しぶりに自宅へと戻ってきた。
不安で押しつぶされそうになりながらも。
その身を案じすぎて、自分の集中力が途絶えてしまっても。
それでも、なつきのことを考えてしまうことは、止められなくて。
今、どこにおるんやろ。
今、何してんのやろ。
答えの出ない問いを頭の中に巡らせながらも、無理して営業用の笑顔を浮かべては、追われるようにして次々と入るスケジュールを、無難にこなしていく。
この10日間、うち、なつきのことしか、考えへんかった。
試合の時も、移動の時も、取材を受けていても。
いつも、頭の隅には、なつきが居ったんよ。
好きだから、て言ってくれはった時の穏やかな瞳を。
優しく抱き寄せてくれた時の、腕の温かさを。
それを何度も思い出して。
それに縋るようにして、うちは今、ここにおる。
あの言葉を聞いてへんかったら。
ここにこうして立っておるのも、きっと無理や。
送ります、という晶の申し出を丁重に断って、部屋までの道のりを歩いた。
一刻も早く、一人になりたい。
そして、なつきのことだけを、考えたかった。
試合に負けた時の記憶は、曖昧だ。
カットが間に合わなくてゴングが打ち鳴らされた時以後の断片的な映像は、頭に残っている。
しかし、自分が何を話したか、どうやって自分の部屋まで戻ってきたのか。
それらは、何一つとして、思い出すことが出来ない。
奈緒が心配して、部屋まで送ってくれた。
舞衣が、なつきを病院まで連れて行ってくれた。
事実として知ってはいるものの、そのとき自分がどんな行動をとったのかまでは、少しも記憶になくて。
そして、眠れずに膝を抱えて座っていた次の日の朝早くに、なつきからメールが入った。
「心配しないで」
たった、一言だけ。
でも、その一言に、なつきの優しさがいっぱい詰まっていて。
胸に込み上げてくる熱いものを押し止められなくて、文面を涙で濡らした。
大変なのは、なつきのほうなのに。
人のことを気遣う余裕なんて、ないはずなのに。
それでも自分のことを思い出してくれて、ぶっきらぼうながらも、そんな言葉を送ってくれた。
なつきを、信じている。
なつきの心を、信じている。
だから、きちんと心の整理をつけて帰ってくるであろう彼女を、優しく出迎えてあげたい。
少しの間、離れることになるけれども。
でも、二度と会えないわけじゃない。
出来れば。
自分の想いを限りなく伝えて。
なつきの想いを全て受け止めて。
お互いの気持ちを確かめ合って。
そして、新しい道へと、踏み出したい。
何も冷蔵庫に入っていないことに気付き、帰る道すがら軽い食料を仕入れてから、部屋へと続く階段を登った。
鍵を取り出そうとして俯いていた顔をあげた瞬間、部屋の前に、寒そうに佇んでいるその姿が目に入る。
踏み出しかけた足が、止まった。
「・・・なつき」
口の中で消え入るくらい小さく呟いた声だが、それでも、なつきは顔を上げると、柔らかく静留に笑いかけた。
「静留」
「・・・・・・」
「戻ってきたよ」
「・・・・・・」
動け。
そう何度念じても、自分の足はぴくりとも動かず、その場で立ちすくんだままだった。
ずっと、なつきのことを考えていたはずなのに。
会いたいって。
触れたいって。
そう思って、そして、そのうちそれが叶うと信じて、この10日間を過ごしてきたのに。
いざ目の前に現れると、何も出来ずに、子供みたいに蹲って。
言いたかった言葉も、形となって出ることはなく。
息をするたびに、胸は苦しみを増して。
穏やかにこちらを見つめているなつきを、同じようにただ、見つめ返して。
そして、次の言葉だけを、待っていた。

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Date:2008/06/30
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