SS倉庫(R18)

舞−HiME(静留×なつき)SS置場

慟哭 5


「静留」

固まったままでいる静留の傍へ、なつきはゆっくりと近づいてくると、一メートルほど離れた場所で、その歩みを止めた。

「ちょっとだけ、話してもいいか?」
「・・・構へんよ。あ、部屋の中へ入ります?」
「いや、ここでいいんだ。少しだけだから」
「そやけど」
「部屋に入ったら・・・静留を抱き締めたくなってしまう」

そう言って、真っ直ぐな熱の篭った瞳を向けてくる。
その率直な物言いに、思わず静留の頬は紅潮した。

「・・・なつき、その・・・」
「これから、会社に顔を出して、怒られてこなくちゃいけないんだ。何も連絡していなかったし、たっぷり絞られるだろうな」
「・・・・・・」
「移籍の手続きとかも、聞いてこなくちゃいけないし」

移籍、という言葉を口にした瞬間、なつきの表情が一瞬曇ったのを、静留は見逃さなかった。

「・・・ガルデローベへは、いつからどすか?」
「1月1日付で、向こうに移る。所属はあくまでFWPなんだけど。たぶん、向こうの寮とかにも移らなくちゃいけないだろうし、手続きもあるだろうから」
「・・・・・・」
「明後日のホールの最終戦は、必ず出る。ファンの皆にお詫びもしないといけないし、挨拶もしておかなくちゃいけないから。いろいろと用意もあるしな」
「・・・それは」
「静留」

強い、意思の篭った口調で、名前を呼ばれた。
言いかけた言葉を呑んで、なつきの顔を見つめる。

「ガルデローベへ、行ってきたんだ。碧さんに、話を聞いてきた」
「・・・・・・」
「静留を倒せ、って。ここに来れば、絶対に強くなれるって。そう、言われた」
「・・・そうどすか」
「いろいろ自分でも考えたんだ。それは今時間が無いから、後で詳しく話すけれど、向こうへ行くからには、必ず強くなって静留の傍に帰りたいと思ってる」
「・・・・・・」
「でも、その前に」

なつきの腕がそっと伸びてきて、頬を包まれた。
温かい手。
冬だと言うのにその手はとても温かくて、冷え切った静留の肌を、そっと溶かしていった。

「返事、聞かせて欲しいんだ。この前の・・・試合前に私が言ったこと」
「・・・なつき」
「今回のことは、これから先、静留の傍にいることが出来るかどうかの試練だと思っている。好きだって。見守っていきたいって。その私の気持ちが変わることはないだろうから」
「・・・うち」
「最終戦のあと、一緒に過ごせないか?」

優しく指が動かされ、額にかかっていた髪の毛を、そっとかき上げられた。
今、自分は、どんな顔をしてなつきを見ているのだろう。
俯いて表情を隠すことも出来ず、逸らそうとした視線もその瞳に絡め取られ、静留は言葉を失って、ただ立ち尽くしていた。
なつきの一言一言に胸は苦しくなり、それでいて、溢れかえっていた言葉を吐き出すことも出来ず、身体の奥深くに淀むように澱が沈殿していく。

「・・・一緒、に?」
「そう。話したいこと、たくさんあるし。静留からきちんと、言葉も聞きたい」
「・・・それは」
「最終戦のあとは、いろいろと片付けなければいけない用事もあるだろうし、忙しいだろうから・・・。次の日の静留の時間を、私にくれないか?」
「・・・・・・」
「何かもう予定があるのだったら」
「・・・あらへん」
「それじゃ、フロントに顔を出して挨拶とかしたあとに、ここへまた来る」
「・・・ええよ」
「うん。じゃ、そういうことで」

指先が離れる間際に、そっと唇に触れられた。
背筋に電流が走りぬけて、身体がビクンと波打つ。
その反応に、もちろんなつきは気付いたはずだ。
しかし、相変わらず穏やかな目で静留を見つめた後に、その脇を通り抜けて、階段を下りていった。
残り香が、鼻腔をくすぐる。
もっとその匂いに浸っていたくて、慌てて声をかけた。

「・・・なつき!」
「・・・ん?」

振り向いたなつきは、先程と変わらず優しい笑顔で、静留を見上げてくる。
そして、呼び止めたのはいいけれど、続ける言葉を何ひとつ持っていなかった静留に向かって、はにかんだような笑みを浮かべて、囁いた。

「心配しなくても大丈夫だから、静留。ちゃんと、気持ちも切り替えて、次の目標も決めたから。だから、それに向かって私は、頑張るだけなんだ」
「・・・次の目標、て?」
「この前も少し話したけど・・・。いつか二人で、世界タッグを取りたいなっていう私の夢」
「・・・・・・」
「今の自分じゃ、絶対に無理だって知ってしまったから。だから、並んでも恥ずかしくない選手になって、一回り大きくなってから、絶対に静留のもとに帰ってくるよ」
「・・・なつき」

下りかかっていた階段を足早に二、三歩登ってくると、そのままなつきは、静留の傍まで戻ってきた。
それから逡巡を見せた後、その両腕が勢い良く伸ばされ、あっと思う暇もなく、その身に抱き寄せられる。

「・・・な・」
「静留・・・」

その腕の力強さに、眩暈がした。
そして、その身体に触れようと自分の腕も伸ばそうとしたところで、唐突に、引き離される。

「・・・ごめん。こんなことするつもりはなかったんだけど」
「そないなこと」
「やっぱり静留に触れると、落ち着くな。・・・ここが自分の居場所だって、そう感じる」
「なつき」
「・・・じゃ、またな」

照れたようにそう呟いてから、なつきは、さっきよりも猛スピードで階段を駆け下りると、そのまま駆け足で商店街のほうへと消えていった。
残された静留は、やはり、一歩も動けないままで。


ゆっくりと目を閉じると、その場に残るなつきの匂いを、肺の中へと取り込んだ。



 
 

Information

Date:2008/07/02
Trackback:0
Comment:0